
著者:松浦 芳枝 facebook
翻訳家/東京大学・慶應義塾大学スペイン語講師
メキシコ駐在や駐日メキシコ大使館勤務を経て現職。日本で初めてメキシコのAMCT認定テキーラ唎酒師としても活躍し、メキシコ文化にもっとも精通している日本人の一人。 (AMCT : Experta en Tequila certificada por AMCT)
その中で、今後の日本市場での望ましいテキーラ文化の普及にとって重要な役割を果たすものとして、デザート・菓子を中心とする「食」の分野でのテキーラの応用の可能性を示した。テキーラの間接的消費として、より広い消費者層に訴える可能性を秘めている領域の一つである。
執筆にあたって、遡ること2年ほど前だが、スペイン語での講演、論文の発表の一環として、販売を目的としたケーキを創作するに至った経緯をまとめ、分析した小論(「味覚を楽しませる美味しい三部作 — テキーラケーキ 3種類開発・販売の実験」)を見直す機会を得た。ここでは、その時の当初ぼんやりとしたアイデアが、具体的な形として購入者の味覚を楽しませてくれるケーキになるまでの経緯を、担当パティシエの感性を通じて紹介してみたい。
偶然生まれた「実験の」きっかけ
テキーラの「器用さ」を証明する方法を模索していたときに、テキーラの簡単な試飲会を兼ねた紹介のための集まりを開いた。そこで参加者の一人であり、横浜の洋菓子店にチーフパティシエとして勤務する海村賀昭(うみむらよしあき)氏がテキーラの特質に強い興味を示したことから、共通の居住地である横須賀で何か「仕掛けて」みようという流れが自然に形成された。
職業柄いろいろな洋酒を扱うこともある海村パティシエのテキーラについての知識は、恐らくは平均的日本人の知識を上回る水準ではなかったであろう。試飲をしながらこのように心地よい味と香りを予想したことは決してなかったと述べ、驚きを隠さなかったからである。そこから小研究会が発足し、筆者からは、日本語でのテキーラに関する文献(書籍及び筆者の用意した資料等)を提供して、テキーラ文化の基本を押さえてもらうことにした。サトウキビなど副原料を含まない100%アガベテキーラを使ったケーキ数種類を創作・販売するという実験がスタートした瞬間だった。
日本では、一日の主要な食事(メキシコでは昼食、日本では夕食)が食後のデザートを含む場合もあるが、午後などのお茶の時間にスイーツを取る方が一般的である。我々がターゲットにしたのはそこであり、コーヒーや紅茶、緑茶などと一緒にケーキを食べるというモジュールの中に、テキーラケーキを挿入することができるかどうかという点であった。しかも、消費者が常に新しいものを求める強い風が吹いている都心ではなく、そこからそれほど遠くないとはいえ、どちらかと言うとのんびりした地域社会においてである。実験といえば聞こえがいいが、実際は冒険というか些か向こう見ずな決定だったかもしれない。
テキーラケーキの創作、試作品作りから最終版の確定
試作品を作るにあたって、テキーラの輸入代理店から協力を得ることができた。一本は Gioventu「ジュベンテュ」の透明なブランコ(樽熟成なし、アルコール度数40% )で、もう一本は Reserva del Señor 「レセルバ デル セニョール」の輝く金色をしたレポサド(12ヶ月の樽熟成、アルコール度数40%)であった。
程なく仕上がった試作品は2点。フルーツのアナナスパッションとココナッツのムース。「ジュベンテュ」とパインとパッションフルーツでサバイオン風のムースを作り、酸味と調和させる目的でココナッツのムースと組み合わせたもの。
もう一つは、「レセルバ デル セニョール」を用いて、カスタードソースであるアングレーズと合わせたムースショコラと組み合わせたもの。テキーラが良い風味付けに貢献していた。
両方の試作品を筆者の家族、友人らに食してもらったところ、テキーラがケーキの材料に対して「決して出過ぎることなく」完璧に調和し、完成品に特別な趣を与えていることが確認できた。また、残念ながら、通常はテキーラの香りという、本来は非常に重要な要素があまり取り上げられることがないが、テキーラの原料のブルーアガベや樽熟成により引き出される香りが、ケーキを口にした瞬間にソフトで上品に感じられ、口当たりの柔らかさは驚くべきであった、というようなものである。
これらのコメントをフィードバックした後の会合で、パティシエからは、テキーラはケーキ作りにおいて、主要な材料の持ち味を「引き立てる」優れた補助材料であるというコメントがあった。その後は、商品としての最終版の確定に向けて、詳細を詰めて行った。横須賀で前例のないテキーラケーキの製造販売であるため、まずは期間限定として消費者の反応を見ることに決定した。2015年3月のことである。
翌4月に、協力の得られた横須賀市内のある洋菓子店で、テキーラケーキ3種類を二回に分けて製造販売することになった。まず第一弾として、二種類、テキーラのサヴァランである “サボラン(商品名Saboran)” とテキーラショコラの “テキーラス(商品名Tequilasu)” を出した。
“サボラン” は、古典的なフランス菓子サヴァランをテラコッタのカップに入れ、クレームパティシエール(カスタードクレーム)クレームシャンティー(加糖の生クリーム)の層の中に、歯ごたえと酸味のアクセントとして刻みパインを使用、サヴァラン部分については、水500ccに砂糖150gを入れて沸騰させてシロップを作り、「レセルバ デル セニョール」を加えたものにサヴァランを漬け込んで、シロップを浸み込ませておいた。ここでも一般受けを狙い、テキーラが仄かに香る程度に仕上げた。飾りとして、ミントとチョコレートで作った葉を添えた。
“テキーラス” はビスキュイジョコンド(アーモンド入りの別立て生地)を底に敷き、一層目のムースショコラにはテキーラは使わず、二層目のムースにパートボンブ(卵黄、砂糖を加熱しながら泡立てる)を、一般受けを狙いテキーラを入れ加熱。アルコール分を飛ばし香りを残して、誰でも抵抗なく受け入れやすくしたムースショコラと組み合わせた。これらのムースは単体では特別美味しいものではないが、両方を同時に口にした時の味のバランスが絶妙で、チョコレートとテキーラの相性の良さを引き立てていた。これには「ジュベンテュ」を使用。
これらの二品を出してから3週間ほどが経過して、3番目であり、三部作最後の作品をこの「実験」の締めくくりとして登場させた。五月下旬のことである。既に初夏を感じさせる陽気になっていたため、爽やかさを盛り込んだものを作成しようということになった。エジプトの神話で太陽を意味する言葉である “ラー(Ra)” という名前のパインとテキーラのケーキである。飾りのチョコレートはアガベの葉を、金色の玉はアラザンという飾りで、強く輝く太陽のイメージを其々したもの。やはり、太陽の国メキシコという非常に分かりやすい連想が功を奏したと言えよう。
“ラー” は南国系フルーツを用いて「レセルバ デル セニョール」でその旨味を引き立てるという発想であった。まずはシュトロイゼル(粉末アーモンド、バター、小麦粉)クッキーを仕込み、裏ごしをしてそぼろ状にしたものを敷き詰め焼成。この上に「ジュベンテュ」を仄かに効かせたムースココナッツを作り、パインとパッションフルーツ、「レセルバ デル セニョール」をブレンドしてムース仕立てに。3作目と言うこともあり、其々のテキーラの個性を全面に出すように仕上げた。同時に、ケーキの味の調整で、甘みと酸味のベストバランスを取ることに留意した。
多様なポテンシャルに彩られるテキーラ
これらのケーキの単価は420円とし、ケーキが大人の風味とメキシコという文化を感じさせるものに仕上がったと思う。テキーラを使ったという意味で話題性もあった。驚きと躊躇の葛藤の末に、冒険心に駆られて購入していく人(主に女性)が多かったと聞いている。ここにも「女子力」の現れがあったのではないだろうか。
テキーラといえば、とかく粗暴で力や緊張、男性的な豪快さというのか、底抜けの明るさとでもいうのか、そのようなイメージが一人歩きして久しい。これらのケーキを食した感想を直接または間接的に聞いたところ、非常に上品な甘みと芳香、そして厳選した材料と一体化して生まれたビロードのような極上の滑らかさが実に印象的などの声であった。テキーラのマジックというべきか、優れた器用さが見えてくる。
この限られた実験が示したものは、テキーラは洋菓子作りの補助材料として一流であること、まだアウェイの領域であるが、今後さらなる工夫を重ねていけば、テキーラの応用としての新たな地平を切り開くことにもつながるだろう。
参考までにメキシコでの状況はといえば、全般的にはまだ限定的と言える。メキシコを訪問した日本人の間ではかなり知られている商品として、テキーラ入りのチョコレートボンボンがある。国際線・国内線ターミナルでよく見かけるが、種類は少なくなるが市中のスーパーの店頭でも売られている。
近年、ケーキなどの洋菓子として公開されているレシピは、スペイン語のサイトで徐々に増えてきているようである。その傾向は、Ana Díaz(アナ・ディアス)という料理・菓子研究家が「テキーラとデザートの美味しい関係」という言葉を使っていることにも見受けられる。応用例を挙げれば、テキーラゼリー、テキーラパウンドケーキ、テキーラチョコレートムース、テキーラクッキーなどであるが、商品としては、自家製テキーラチョコレートボンボンやクッキーなどとまだ少ないようである。
テキーラクッキーのとある公開レシピの箇所で、テキーラを加えて食べてもらう人を「驚かせて」みるのも一興だとする記載があった。それはメキシコでも、今回の試みのような「本格的な」洋菓子の材料として、テキーラがまだ十分に認知されるに至っていないことを示していると思う。洋菓子作りで不動に地位を築いているラムを目標にして、テキーラの持つ多様なポテンシャルを目覚まさせる時期が来ているのではないか。これまで発信することの少ない日本から新たな挑戦の始まりを告げることも意義があるだろう。
海村パティシエはこのように締めくくった。これまでテキーラが洋菓子作りに取り入れられていないことが不思議であり、「テキーラはパティシエにとってなんと心強い盟友なのか!」という言葉の中に、限りない可能性を見出しているのだ。
著:松浦 芳枝
テキーラケーキ3種類レシピ(海村賀昭 氏作成)
- 分量は4〜5人前。
- 使用するテキーラは、テキーラの持つ本来の味と香りの複雑系をより堪能できるので、銘柄に拘らず、100%アガベタイプを推奨。またテキーラの分量は好みで増減すると良いだろう。
- テキーラとパインのケーキの当初のレシピは40〜50人前を想定していたので、下記の数値はその1割に調整してある。
1) テキーラのサヴァラン (商品名:Saboran)
| 強力粉 | 250g |
| ドライイースト | 10g |
| 牛乳 | 50cc |
| 卵 | 4個 |
| 塩 | ひと摘み |
| バター | 190g |
| 砂糖 | 13g |
| テキーラ(Reserva del Señor) | 50cc |
2) テキーラショコラ (商品名:Tequilasu)
ムーステキーラ(1)
| 卵黄 | 4個 |
| グラニュー糖 | 40g |
| スィートチョコレート | 200g |
| 35%生クリーム | 630g |
ムーステキーラ(2)
| 卵黄 | 6個 |
| グラニュー糖 | 60g |
| 牛乳 | 60g |
| ゼラチン | 12g |
| テキーラ(Gioventu) | 80cc |
| 35%生クリーム | 720g |
ジョコンド 8取り 2枚分
| アーモンドプードル | 180g |
| 全卵 | 5個 |
| 薄力粉 | 90g |
| 卵白 | 200g |
| グラニュー糖 | 100g |
| バター | 35g |
3) パインとテキーラのケーキ (商品名:Ra )
ムースココナッツ
| ココナッツピューレ | 95g |
| グラニュー糖 | 17g |
| ゼラチン | 6.4g |
| 38%生クリーム | 184g |
| テキーラ(Reserva del Señor) | 12cc |
パインムース
| テキーラ(Gioventu) | 25cc |
| パッションピューレ | 25g |
| パインピューレ | 100g |
| グラニュー糖 | 50g |
| ゼラチン | 7.5g |
| 38%生クリーム | 250g |
| 卵黄 | 2.5個 |
シュトロイゼル
| アーモンドプードル | 30g |
| 上白糖 | 30g |
| 薄力粉 | 30g |
| バター | 30g |
ー パティシエ プロフィール ー
海村 賀昭(うみむらよしあき)
1964年東京都中野区生まれ、横須賀育ち。
1982年位から洋菓子作りの世界に入る。横須賀(花らんぷ)から都内を巡り、1987年フランスのアルザス地方に3ヶ月位の研修滞在を経て、現在は横浜市内の洋菓子店に勤務。またパティシエとして経験を生かして、講習会を開き、一般の家庭でケーキ(お菓子)を作るときのコツを伝授する活動を展開中。

著者:松浦 芳枝 facebook
翻訳家/東京大学・慶應義塾大学スペイン語講師
メキシコ駐在や駐日メキシコ大使館勤務を経て現職。日本で初めてメキシコのAMCT認定テキーラ唎酒師としても活躍し、メキシコ文化にもっとも精通している日本人の一人。 (AMCT : Experta en Tequila certificada por AMCT)




